里人が「縁切り橋」とふ怨念の政子の焼き討ち炎の館

※頼朝に依頼され御家人愛甲三郎は、屋敷に丹後局を泊めていた。日向薬師に参詣するためという。北条政子はその屋敷を焼き討ちした。以降、村人は北条とは縁を切ることになったいわくつきの橋。